ABC「The Look of Love(1982年)」File0047

 久々に前回の「デュランデュラン」に引き続き、イギリスのニューウエーブ(ニューロマンティック)系「ABC」をピックアップします。1982年リリースのデビューアルバム「ルック・オブ・ラブ」からの大ヒットシングル「ルック・オブ・ラブ」をシェアします。オフィシャルMVにしようと思ったのですが、2005年のライブVer.があったのでそちらを。

 ボーカルのマーティン・フライは元々音楽ジャーナリストで、トレヴァー・ホーンがプロデュースということが話題だったということもヒットの要因かもしれません。

 

 この曲は全英チャート4位、アルバムは全英1位となりました。ルック・オブ・ラブは1982年のディスコでは1日に何度もかかるほどパワープレイされており、いつの間にかボクの耳にこびりついてしまいました。(笑)ディスコ通いだった方はよくご存知の曲だと思います。

 

 

  ABCの80年代にリリースされたアルバム4枚はそれなりに聴いていましたが、やはり1枚目のアルバムが一番好きですね。その中の「Valentine's Day」という曲は、ホンダのリード(原付き)のCMにも起用されました。

 

 

 

 80年代前半はニューウエーブブームだったことや、1stがヒットしすぎたこともあり、1987年の4th「アルファベットシティ」の「When Smokey Sings(全英11位/全米5位」を最後に大きなヒットは生まれなくなりました。それでも35年後である2017年のルック・オブ・ラブのライブビデオがありましたので、おそらく現在でも活動されているのではないかと思っています。メチャダンディですね。

ちなみに1982年頃のABCはこんな感じでした。髪型もまさに当時のニューウエーブ系っていう感じですね。


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リック・アストリー(Rick Astley)「Never Gonna Give You Up(1987年)」File0046

 この2~3年はホントに世界中で80年代の音楽が盛り上がってますね。音楽だけでなく、アナログ盤(レコード)の大量再リリースや、それらを再生する機材なども含めてすごい勢いです。

 

 さて、80年代半ばぐらいから急激に盛り上げ見せたジャンルと言えば「ハイエナジー」や「ユーロビート」が有名なところでしょうか。ちょうどディスコで言うと、マハラジャブームからジュリアナ東京へ移っていく頃の時代ですね。日本の音楽界も、もれなくハイエナジー・ユーロビート系の楽曲が溢れてました。カバーですが、アンジー・ゴールドの「Eat You Up(1985年)」を荻野目洋子さんが「ダンシング・ヒーロー(1985年)」として歌っていました。その他、WinkやMAXなどの曲もその系の代表ですね。

 

 その中でも、ちょっと太めのダンディな声で注目を浴びたのが「リック・アストリー」です。この手の音楽に大貢献したストック・エイトキン・ウォーターマンという3人組プロデューサーチームのもとでデビューし、1987年のデビューアルバムはUK、AUS、GERでは1位、USでも10位と大ヒット。まずはその中から、1987年にUS・UKともに1位を獲得した「Never Gonna Give You Up」を、2016年のライブ映像(ポルトガルかな?)からシェアします。

 そしてもう一つのヒット曲、1988年にUS1位となった「Together Forever」をベルリンのライブ映像(おそらく2016年)からシェアです。

 

 1990年代からは低迷期に入りましたが、2000年以降再浮上し始め、2010年代には日本でのTV出演や来日公演、2017年にはサマーソニックにも出演しました。 

 また、釣り動画の一種であるダックロールで、Never Gonna Give You UpのMVが貼り付けられたことにより「リックロール」という言葉まででき、昨年で10億回再生を突破したそうです。

 

 最後におまけで、同時期に活躍した「カイリー・ミノーグ」との2018年のライブ映像があったのでシェアしておきますね。ちなみにボクは、デビュー当時のお坊ちゃん風のリックより今のほうが何百倍もカッコいいと思います。


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シャラマー(SHALAMAR)「A Night to Remember(1982年)」File0045

 70~80年代に活躍したソウル・ダンス・ディスコミュージックのグループはよく聴いていて、今日は誰をピックアップしようかと悩みましたが、この「シャラマー(SHALAMAR)」にしました。絶頂期は、ジョディ・ワトリー、ジェフリー・ダニエル、ハワード・ヒューイットの3人で、ボーカルダンスグループとしていくつものヒットを世に送り出しました。メンバー各自も、ソロアルバムをリリースするなど、80年代は大活躍でしたね。

 

 まずはシャラマーの代表曲である「ナイト・ツゥ・リメンバー」をライブVer.でシェアします。おそらくココ10年以内のもののようで、ジョディ・ワトリーではなく、再結成後のキャロリン・グリフィーのバージョンとなります。

 昔からのファンには、やっぱりシャラマーはジョディ・ワトリーでないとね、という方が多い(ボクもそのひとりですが・・・)ために、1982年のライブ映像もあるのでこちらもシェアします。当時のヒット曲3曲をつづけてどうぞ。

 

0:04~ There It Is

5:01~ A Night To Remember

9:41~ Friends

 ちなみにシャラマーの曲は、「フットルース」や「ビバリーヒルズ・コップ」など、80年代のサントラにも収録されヒットしました。そのへんは、またサントラのご紹介のときにシェアしますね。


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フラッシュダンス(Frashdance)「オリジナル・サウンドトラック(1983年)」File0043

 前回の「サタデー・ナイト・フィーバー」に引き続き、サントラシリーズ第2弾は、1983年に公開された「フラッシュダンス」です。映画が大ヒットしたので、アラフィフ世代以上ならほとんどの方がご存知ではないかと思います。ボク自身、映画に関しては明るい方ではないので、映画にはあまり触れずに音楽関連の内容中心でご紹介していきます。

 

 10曲が収録されているこのサントラなのですが、その中で大ヒットした曲が2曲あります。まずは、アイリーン・キャラが歌った映画のタイトル曲でもある「Flashdance...What a Feeling」です。日本でもオリコンシングルチャートは21週連続1位、年間チャートも1位でした。1983年に始まったドラマ「スチュワーデス物語」の主題歌として、麻倉未稀さんがカバーされてましたのでご存じの方も多いと思います。

 

 MVは映画シーンのものをピックアップしましたので、懐かしんでご覧ください。

 

 そしてもう一つは、マイケル・センベロの「マニアック」です。元々スタジオミュージシャンとしてスティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロスなど、大物アーティストとのセッションも多く、映画のサウンドトラックも手掛けていたこともあったようです。先日ご紹介した「THE BOSSA NOVA HOTEL」も彼のプロジェクト・ユニットです。

 

 実はこのフラッシュダンスのヒットの前に「Fame(1980年)」というスターを夢見るNYの音楽専門学校の生徒たちの姿を描いた青春映画がありました。そのキャストとしてダンサー役だったアイリーンキャラの歌唱力が目に止まり、急遽歌手役に変更となったそうです。

 

 またこの映画の中のキャストには、ジャネット・ジャクソン、ニア・ピープルズや、ある記事によるとまだブレイクする前のマドンナ、トム・クルーズもいたようです。まさにストーリーそのものが現実のように将来のスターを生み出す舞台になっていたようです。日本で学園モノに出てからその後ブレイクするといった流れに似てますね。今回のMVはFameの主要キャストのクレジットのある動画があったのでシェアしますね。

 

 ちなみに1980年頃はまだ正式に「ブレイクダンス」という呼び方はなかったようですが、「Fame」の中ではそれに近いダンスも披露されており、コレに続く「フラッシュダンス」がキッカケで本格的に火をつけた感じだと思います。(What a FeelingのMVの2:04から5秒ほどと、マニアックのMVの1:08からの13秒ほどで見れます。)

 

 この1983年の「フラッシュダンス」以降、ダンスもの映画が増え、サントラブームにも火が着き、そこから多くのヒットが増えていきます。そのへんは順次またご紹介しますのでお楽しみに。


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岸正之「ラハイナ・ブルームーン(1984年)」File0042

 以前に個人のSNSでいろいろなアーティストや楽曲をピックアップしたことがあるのですが、こちらの「MUSIC TRUNK」でも紹介していきます。

 今回は80年代にAOR系J-Popを聴きあさった方ぐらいしかご存じないかもしれませんが、アニメソングやCMソングをはじめ、多くの楽曲を提供されている「岸正之」さんです。ご自身は2枚のアルバムしか出されていませんが、2枚ともクリエーター陣が素晴らしく、いいアルバムに仕上がっています。

 

 ボク自身は、1984年リリースの2ndアルバム「PRETENDER」を気に入っていてかなり聴き込みました。アレンジャーが武部聡志さん(Key)、参加ミュージシャンも鳥山雄司さん(Gt)、青山徹さん(Gt)、岡沢茂さん(Ba)、菊池丈夫さん(Dr)、中西康晴さん(Key)、土岐英史さん(Sax)、向井滋春グループ(Tb)などなど、なんともまぁ豪華。そのアルバムからまずは「ラハイナ・ブルームーン」をシェアします。なんとも言えない切ない感じがとても気に入っています。

 

 とは言っても、デビューアルバム「Warm Front(1982年)」もスゴいメンバーです。今剛さん(Gt)、矢島賢さん(Gt)、井上鑑さん(Key)、新川博さん(Key)、奥慶一さん(Key)、美久月千晴さん(Ba)、林立夫さん(Dr)、山木秀夫さん(Dr)などなど、今聞くとビックリの一流クリエーター陣で制作されています。せっかくなので、このアルバムからも「See You Again」という曲をシェアします。

 

 楽曲提供では、1985年放映のドラマ「スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説」でトップアイドルに躍り出た「南野陽子」さんの、1987年4月リリースシングル「話しかけたかった」も岸正之さんの作曲で、オリコンチャート1位を獲得しています。

 

 なぜボクが岸正之さんの楽曲が好きなのか少し考えてみました。一言で言えば「ノスタルジック」ですかね。楽曲自体はシンプルですが、聴いていると情景が浮かび、ちょっと切ない感じが心に響きます。ちょうどアナログとデジタルが入り混じった時代でもあり、その時代のアナログの良き部分がたくさん詰まってるからだと思います。

 

 サブスクでもこの2枚のアルバムは聴けますので、隠れた名盤としてオススメしたいです。


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今井美樹「オレンジの河(1986年)」File0040

 1986~87年は仕事の関係で、サンプルレコード(ラジオ局などに配布されるサンプル盤)がそれなりに手に入る環境にありました。全く知らないアーティストのものも含め、ジャンル問わずいろんな音楽を聴いてみて、その中で気に入ったものがあれば、その後じっくり聴く、というスタイルでした。その中の1枚が「今井美樹」さんの1986年12月のデビューアルバム「femme(ファム)」でした。

 1983年から、モデル、女優と活躍しはじめて3年目で、まだブレイクする前だったこともあり、アルバム自体は大きなヒットにはなりませんでしたが、クリエーター陣が著名な方々で固められており、ボクはすごくいいアルバムだと思っています。

 

 多くの楽曲を持つ今井美樹さんですが、もし "今井美樹の曲をひとつ選ぶとしたら?"と問われた場合、ボクは「オレンジの河」を選びます。ボクの中では、「今井美樹=オレンジの河」でインプットされてますので、まずその曲をシェアしますね。

 アルバム「femme(ファム)」のクリエーターは、来生えつこさん、中崎英也さん、鈴木キサブローさん、コモリタミノルさん(SMAPで有名ですよね)、羽田一郎さん、宇佐元恭一さんに加え、アレンジャーは、佐藤準さんに小林信吾さん。これだけ見ればいいアルバムに違いないと予測できちゃいますね。2枚目以降も同様、初期のアルバムに筒美京平さん、武部聡志さん、久石譲さん、上田知華さんなども、クリエーター陣として参加されています。

 

 今井美樹さんはサブスクでも聴けますが、オススメのアルバム「femme(ファム)」がまるごとYoutubeに上がってましたのでをシェアしときますね。

 

 1988年の夏に「彼女とTIP ON DUO」が化粧品のCMのタイアップになってからは順調にヒットを出し、このあとの今井美樹さんのご活躍は皆さんも御存知のとおりです。

 

 クイーンもそうでしたが、やっぱり初めてガッツリ聴いたアルバムが自分自身のマイ・ベストになっちゃうんですかね。皆さんはいかがですか?


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アバ(ABBA)「Happy New Year(1980年)」File0035

 昨日に引き続きもう一つの「Happy New Year」は、活動開始から50周年(とは言え、実際ご本人たちは40年近くまともな活動はされてないみたいです。)を迎える「アバ(ABBA)」です。1980年リリースのアルバム「Super Trouper」に収録されている42年前の曲「Happy New Year」をシェアします。

 昭和世代の方ならおそらく、またボクと同世代以上の方であれば「ダンシング・クイーン」のヒットもあり、TVにも出ていたので誰もが知るアバですが、1972年から1983年の活動停止まで間、世界中のポップス界を席巻していたグループということを知らない若い方も意外に多いかもしれませんね。

 前述したように、50年間の内、まともな活動は10年間程度ですが、その10年間の活躍が半端ありません。スウェーデンのグループですが、イギリスではリリースしたアルバムの半数以上が1位を獲得。とにかく出せばヒットするというおばけグループです。詳しくは「ABBA JAPAN」のサイトがあるのでそちらを見てみてください。

 ボクがアバにハマったのは、1977年リリースのアルバム「Arrival」で、本当によく聴きました。その後のアルバムもいいのですが、あまりにもインパクトが強すぎてコレばっかり聴いてましたね。

 

 そのアバが、昨年11月に40年ぶりの9枚目のスタジオ・アルバム「Voyage」をリリースしました。4人中3人が70歳半ばと言うにも関わらず、40年経っても変わらぬアバサウンドは健在です。このアルバムもすでにイギリスで1位、アメリカでも2位を獲得。そのアルバムからシングルカットされている「Don't Shut Me Down」をシェアします。

 とにかくアバを知らない方がおられたら、まずはベスト盤でいいのでぜひ聴いてもらいたいです。今聴いても全く古臭くないうえに、音楽をやってる方にとっては勉強になることがたくさん詰まっています。ちなみに、アバのファンは多方面ジャンルにおいて多くのファンがおり、世界中の一流のアーティストが影響を受けています。エルビス・コステロやリッチー・ブラックモア、レッド・ツェッペリンのメンバーなどなど。

 

 今年はライブも行うとのことですので、ますますの活躍に目を離せませんね。


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松任谷由実「Happy New Year(1981年)」File0034

” 今年もいいことが あなたにあるように いつもいつも ”

 

 クリスマス、バレンタイン、卒業、誕生日などをテーマにした楽曲はいっぱいあるけど、「新年」をテーマにしたものは意外に少ない(ボクが知らないだけかも!?)のかなっと思っています。どんな曲があるのかなぁ~と考えたとき、パッと一番最初に浮かぶのがコレ、ユーミンこと松任谷由実さんの「Happy New Year」です。1981年リリースの「昨晩お会いしましょう」に収録されています。もう40年も前の曲なんです。

 

 1987年に上映された「私をスキーに連れてって」の挿入歌でもあったので、50代以上の方なら結構耳にされているのではないかと思います。公式チャンネルにはショートVer.しかなかったですがシェアしました。

 ユーミンの曲は荒井由実時代の「あの日にかえりたい(1975年)」が出会いでしょうか。とは言え、まだまだレコードなど買える身分ではなかったので他の曲はほとんど知らないままで、ボクが初めて買ったのが1979年リリースの「OLIVE」でした。Wikipediaによると、現在まででオリジナルアルバムはすでに39枚リリースされていますが、全てのアルバムがTop10入りで、約半数の19枚が1位を獲得。四半世紀でのこの快挙はあらためてビックリさせられると同時に、今もなおご活躍されてるっていうのはスゴいですね。

 

 またユーミンのアルバムは大半が冬場だったので、毎年夏が過ぎるとと新しいアルバムはいつリリースかとワクワクしながら待っていたものです。音楽仲間とは「冬の女王」なんて勝手に呼んでいたものです。

 

 パソコンで音楽を聴くようになってからはどうしてもランダムで聴くことが多くなっていましたが、最近はできるだけアルバム単位でしっかり聴くようにしています。アルバムって制作者がいくつもの曲から限られた曲をピックアップし、曲順や曲間などの細部にも思いを込めて作られているので、そこをあらためて感じたいと思っています。なので今日は、その1979年の「OLIVE」から順にアルバム単位で聴いています。

 

 話は変わりますが、今年はJUJUさんが「ユーミンをめぐる物語」というカバーアルバムを松任谷ご夫妻のプロデュースのもと、3月16日にリリースされるとのことです。さらに5月からは松任谷正隆さん演出の全国ツアーも始まります。昨日、アップされていたJUJUさんのカバー「Happy New Year」もシェアしますね。

 コロナが始まりもう2年。世の中や人の考え方などがすごく変化した2年間だったような気がします。

 

 2022年はどんな年になるのでしょうか。今年も40年前のこの言葉を引き継いで・・・。

 

” 今年もいいことが あなたにあるように いつもいつも ”


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デヴィッド・フォスター(DAVID FOSTER)「The Best of Me(1983年)」File0033

 おそらくアーティストを一人だけ選べと言われたらこの方なのかな、という「デヴィッド・フォスター」を今年の一発目にご紹介します。彼においてはロック、R&B、ジャズなどジャンル分けできないほど広範囲で、楽曲提供からプロデュースまでご活躍されており、彼の名がクレジットされていればまず間違いないと言えるでしょう。グラミー賞など数多くの名誉ある賞を獲得しています。まずは、1983年の初のソロアルバム「The Best of Me」から、1986年にオリビア・ニュートン・ジョンとのデュエットでシングルカットされたタイトル曲をシェアします。

 前述したように、とにかく彼のプロデュースした作品は数多く、数え切れないほどあります。今後、ボクがご紹介するアーティストも彼がプロデュースした作品が多く登場するかと思います。せっかくなので、そのブログとリンクさせていきますので、よろしければそちらもご覧くださいませ。

【DAVID FOSTERの代表的なプロデュース作品】

EW&F(File0021)、シカゴ、セリーヌ・ディオン、ホイットニー・ヒューストン、チャカ・カーン(File0010)、ジョージ・ベンソン(File0006)、ロッド・スチュワート(File0023)、竹内まりや、MISIA、松田聖子、などなど。

 

 ボクが初めてデヴィッド・フォスターを聴いたのは、1980年リリースされたAirplayの「Airplay(邦題:ロマンティック)」です。音楽史上に残る名盤と言っても過言ではないアルバムだと思っています。

 

 デヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドンが中心(実は3人組)となり、サポートメンバーとしてTOTOのジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ポーカロ、デヴィッド・ハンゲイト、スティーヴ・ルカサー、そして元シカゴのビル・チャンプリンやレイ・パーカーJr.などなど、超豪華メンバーが参加しています。

 

 残念ながらアルバムは1枚のみですが、40年以上たった今も十分楽しめます。公式なものではありませんが、「Nothin' You Can Do About It /(邦題:貴方には何も出来ない)」のライブビデオがあるのでシェアしておきますね。


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クイーン(Queen)「Greatest Live Performances(1985~86年)」File0032

 昨日の夜、テレビでクイーンのライブをやっていました。1986年のウェンブリー・スタジアム(ロンドン)での公演でした。見逃された方もいるかと思いますので、上記会場とリオ(1985年)でのライブビデオが公式チャンネルにありますのでシェアしますね。

 日本での第一次クイーンブームは、おなじみの「ボヘミアン・ラプソディ」が収録されている4枚目のアルバム「A Night at the Opera(邦題:オペラ座の夜)」リリースの1975年だとのことです。世界的に見ても日本での人気はスゴかったようで、クイーンのメンバーにとっても日本は関心の高い国だったようです。

 

 ボクがまともに聴きだしたのはクイーン押しの同級生の影響で、1978年リリースの7枚目のアルバム「JAZZ(邦題:ジャズ)」からでした。ココからさかのぼって昔のアルバムを聴いたりもしましたが、このアルバムをかなり聴き込んだこともあり、ボクの中ではこの「JAZZ」が未だにクイーンのNo.1アルバムになっています。

 今年2021年でフレディ・マーキュリーがこの世を去り、丸30年が経ちました。2018年に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」で起きた第3次クイーンブームもまだ記憶に新しく、1973年のデビューから来年で49年目を迎えますが、今も3代目のボーカリストを迎え「Queen+Adam Lambert」として活動しています。ダイジェストムービーがあるのでシェアしますね。

 現在の活動についてファンからは賛否の声があるそうですが、すでに70歳半ばに近づこうとしているブライアン・メイとロジャー・テイラーが、今も元気にこうやって活動している姿は素晴らしいと思います。


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ザ・タイム(THE TIME)「Jungle Love(1984年)」File0031

 まず「ザ・タイム(THE TIME)」と聞いてわかる方は80年代の洋楽をそれなりに聴いていたか、プリンスがお好きな方かなぁ、と。

 

 まずは、この「Jungle Love」のMVをシェアします。ちなみにビルボードHOT100では20位でした。

 ザ・タイムは、1981年プリンスによって結成されたファンクバンドで、プリンスの幼馴染のモーリス・デイ(Vo)をはじめ、ジミー・ジャム(Key)、テリー・ルイス(Ba)、ジェシー・ジョンソン(Gu)などのメンバーで構成され、プリンスの前座なども務めていました。リリースした楽曲はR&Bチャートではそこそこでしたが、HOT100ではイマイチの伸びでした。

 

 1985年にはモーリス・デイとジェシー・ジョンソンが脱退しソロ活動を始めました。(ジェシーがプロデュースした「Kool Skool」の記事は「File0015」にて。)

 

 一方、ジミー・ジャムとテリー・ルイスは、ザ・タイムの活動をしながら「ジャム&ルイス」として、SOSバンド、シェレール、アレクサンダー・オニール、シェリル・リンなど、多くのヒット曲をプロデュースしていました。この二人の大成功は、ジャネット・ジャクソンが1986年にリリースした「コントロール」で、収録されている9曲のうち7曲がシングルカットされ、6曲がチャートの上位を占める勢いで、アルバムチャートも1位を獲得。続く1989年の「リズム・ネイション1814」も同様に大ヒット。ジャネット・ジャクソンについては、また後日詳しく語りたいと思います。

 2017年のグラミー賞では、「Tribute a Prince」としてこのThe Timeは「Jungle Love」などを披露し、そしてなんとプリンスの「Let's go Crazy」をブルーノ・マーズがギター弾きまくりで出てきたのはちょっとビックリでした。しかもご自身の公式チャンネルでリハの模様をアップしていますので、両方のMVシェアしますね。


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ボビー・ブラウン(Bobby Brown)「My Prerogative(1988年)」File0030

 ボビー・ブラウンを語るにおいて何から話したらいいのか・・・。とにかく1980年代後半から90年代においての活躍、またその成長過程と取り巻きがスゴいので困ってしまいますね。(笑)

 

 ではまずはピックアップした「My Prerogative(1988年)」について。この曲は1988年にリリースされたセカンドアルバム「Don't Be Cruel」からのセカンドシングルとしてリリースされ、ビルボードHOT100で1位を獲得しました。タイトル曲のファーストシングル「Don't Be Cruel」は惜しくも8位でしたが、コレを機にボビー旋風が吹き荒れ、このアルバムからシングルカットされた5曲がゴールド、アルバム自体はプラチナレコード(1000万枚以上の売上)という快挙です。デビューアルバムはココまでパッとしなかったのに、この勢いでこのアルバムもゴールドに。

 

 というのもこのアルバムのクリエーター陣がスゴい。元GUYのテディー・ライリー、ジーン・グリフィン、LA&ベビーフェイスと、まぁこの時代を席巻したメンツなんですね。この「My Prerogative」はテディー・ライリー作ですので、やっぱりニュー・ジャック・スウィングのGUYサウンド満載っていう感じですね。GUYのMVもシェアしたので、当時のダンスやファッションも見ながら聴き比べてみてください。(ちなみにブリトニー・スピアーズも2004年にカバーしています。)

 そして、ボビーが独立する前の話になりますが、1978年に結成、1983年ボビーが加入しデビューした「NEW EDITION(ニュー・エディション)」というグループがまたスゴいんです。メンバーの6人中、「ラルフ・トレスヴァント」と「ジョニー・ギル」はソロデビュー。残りの3人は「ベル・ビヴ・デヴォー」というグループを結成しています。

 

 当時、彼らは14~15歳のアイドル的なグループのようでしたが、そこはやはりアーサー・ベーカーがアルバムをプロデュースしたということで、「Candy Girl」、「Cool It Now」、「Mr. Telephone Man」の3曲はR&Bチャート1位を獲得しています。MVは「Cool It Now」をシェアしました。ちなみに「Mr. Telephone Man」はレイ・パーカーJr.提供の作品で、まさにレイ・パーカーJr.の作風っていう感じですね。

 このようにビジネス的には大成功を収めているボビーですが、1992年にホイットニー・ヒューストンと結婚したあとは、私生活などの乱れが続き人気も急降下。しかもその後、ホイットニーが他界し、娘さんや息子さんまでも失う不幸に見舞わられたとのことです。人生ってわからないものです・・・。


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シュガー・ベイブ covered by EPO「DOWN TOWN(1980年)」File0028

 ”80年代ポップスがスゴかったのは?” をさらに深堀り、70年代に活躍したアーティストをピックアップしているシリーズ第3弾は、1973年から1976年に活動されていた「シュガー・ベイブ」。コレまたすごいメンバーで、山下達郎さん、大貫妙子さん、村松邦男さんを中心に、伊藤銀次さん、上原裕さんなども参加されてます。30年前のラジオで達郎さんはシュガー・ベイブのことを「ガレージ・パンク」とおっしゃってましたが、70年代半ばにおいては異色なサウンドのグループだったそうです。とは言え、このグループが後のシティポップの先駆けとなったのは間違いないのではないでしょうか。

 

 本来はシュガー・ベイブの曲をシェアしたいのですが、達郎さん関連の楽曲はサブスクや公式Youtubeなどにほとんどないため、シュガー・ベイブの1975年リリースの「DOWN TOWN」をEPOさんバージョン(1980年にカバーでリリース)でご紹介します。現在50代以上ならほとんどの方が知る曲で、1981年から放映された「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマとして採用されました。番組もたけしさんやさんまさん中心に、今ではお笑い界の重鎮的な方々が多く出演してましたね。

 

 EPOさんの画像も公式なものが見当たらなかったので、今年9月25日のビルボードライブ大阪でのライブ映像をピックアップしました。オリジナルとは異なり、アコースティックな感じのしっとりとしたアレンジになっています。(曲は1:19から始まります。)

 また、いろいろとMVを探していると「DOWN TOWN」をカバーしているものが多く、その中でもう一つ気になったものをご紹介。ハロプロこと「ハロー!プロジェクト」に所属する「Juce=Juice」が今年4月28日にリリースしています。1975年の楽曲が46年の歳月を経て新たに脚光を浴びているってスゴいですね。ちなみにJuice=Juiceは12月22日は竹内まりあさんの「Plastic Love」もカバーリリースしています。この数年でこの曲をどれだけのアーティストがカバーしてるんでしょうね。

 

 現在でもこれらの曲が歌い継がれているというのは素晴らしいことだと思います。


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70~80年代アソビ人必見!「東京ディスコ伝説 Since1968」File0025

 今日はクリスマスイヴということで、70~80年代夜遊び好きだったオジサマ方&オネエサマ方へのクリスマスプレゼントです。1968年からのディスコの歴史のドキュメンタリー「東京ディスコ伝説 Since1968」という2008年の動画をシェアしてみました。現在、50歳後半から70歳ぐらいの方ならこの動画見ると懐かしんでいただけるかと思います。80年代前半にDISCOで働いていたボクは思わず一気観してしまいました。

※ おそらく番組の録画なのでいつ見れなくなるかわかりません。

 本編は東京が舞台になっているため、大阪人のボクは知らない店が多かったのですが、いろいろと昔を思い出しました。ボクが一番通っていた80年代前半では、大阪でディスコと言えばミナミのほうがファッショナブルで格上的なイメージで、ダイヤモンドビルの「ジジック」や心斎橋筋商店街の「ジュビレーション」などが有名でした。ダイヤモンドビルは、後に「マハラジャ(1号店)」ができたりと、80年代はディスコブームのピークだったのではないかと思います。自分自身もわざわざ東京まで出向き、「ツバキハウス」ほか数件回った記憶があります。

 「DISCO(ディスコ)」といえばもちろん踊りに行く場所なのですが、当時ナンパ目的で行くイメージもありましたね。しかしながら今思えば大きい意味で音楽シーンを作り上げてきた一つの文化だと思います。実際にディスコでパワープレイされた曲が大ヒットにつながったり、中にはディスコ界のみでの大ヒット曲なんかもあったり。さらにはファッションに関しても例外ではなく、それぞれの時代の音楽とリンクするようにブームが起きていたように思います。

 

 ボク自身がジャンルを隔てずあらゆる音楽にドップリとハマったのがこの時代であるため、どうしても70年代後半から80年代前半を起点に過去へさかのぼったり、その後に新しく登場した音楽を比較してしまいます。それ故にこの「MUSIC TRUNK」では若干偏った意見などが多くなっているかもしれませんが、そのへんはご容赦いただき、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 最後に、当時ディスコでは大人気だったART ATTACKの「MANDOLAY」の音源をアップします。このレコードは当時でも入手しにくい状態でしたが、今もちゃんと大切に保管してあります。


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プリンス「I Would Die 4U(1984年)」File0016

 彼の訃報を耳にしたのは、まだ中国にいる2016年4月21日のこと。あれからもう5年半以上の月日が流れました。そう、「プリンス」は80年代の音楽シーンを牽引したアーティストの一人と言えるでしょう。

 

 ボクが彼の楽曲と出会ったのは、1982年リリースのアルバム「1999」でした。とにかくコレまでに聴いたことない感覚の音楽で、アルバムのトップであるタイトル曲「1999」は衝撃的でした。デビュー当初はローリング・ストーンズの前座も務めており、かなりのブーイングを受けたそうですが、それでもミック・ジャガーは彼のことをスゴいやつだと認めていたそうです。

 

 1984年には自伝的映画「パープル・レイン」で主演を努め、同名のサウンドトラックアルバムも大ヒット。映画はもちろんのこと、1986年には初来日ということで、大阪城ホールでの公演も見に行きました。ゲストメンバーとして「シーラE」も参加。まさにショータイムと言わんばかりの ”見せる” ステージでした。LIVE動画はパープルレインからの「I Would Die 4 U」で、1984年のものですがシーラEも参加しています。

 その後の活躍は多くのアーティストへのプロデュースや楽曲提供など多岐にわたり、先日ご紹介したチャカ・カーンの1984年のヒット曲「フィール・フォー・ユー」は、プリンスの1979年リリースのセカンドアルバム「Prince(邦題:愛のペガサス)」に収録されています。初期のアルバムは曲作りも演奏もプロデュースも全てプリンス一人でやってしまい、彼は神童とも呼ばれていました。また、以前に佐藤博さんをご紹介した際にピックアップした「Linn Drum」は、プリンスの代名詞のようになり、楽曲には欠かせないものになりました。それを再現したおもしろい動画があったのでそちらもアップしておきますね。

 ということで、昨日からBGMはズッとプリンス三昧です。もし次に何か楽器を買うとしたら、このLinn Drumがほしいなぁ~^^/


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菊池桃子「ラ・ムー(1988年)」File0013

 今日は、今も変わらぬ美貌とウイスパーボイスの菊池桃子さん。シティポップの盛り上がりとともにココ数年あらゆる方面から注目されていますね。最近では、話題の韓国人プロデューサー兼DJのNight Tempo氏が桃子さんファンということで9月に「ザ・昭和グルーブ」の第10弾としてリリース。

 

 桃子さんは80年代はアイドルという位置づけでご活躍されていましたが、取り巻きのクリエーター陣もすごい方々ばかりでした。歌手としては1984年「青春のいじわる」でデビューし、その後の「雪に書いたLOVE LETTER」「卒業-GRADUATION-」「BOYのテーマ」「もう逢えないかもしれない」など、12枚のシングルはすべて林哲司さんが作曲というまさにシティポップの王道です。

 1988年からは元プリズムの松浦義和さんがリーダーとして結成された「ラ・ムー」での活動を開始。ブラコンテイストのポップ・ロックといったイメージで、当時のこの手のJ-Popでは最先端のサウンドだったんではないでしょうか。アルバムは「THANKS GIVING」の1枚のみですが、今聴いても全く違和感のないクオリティです。Youtubeには当時の歌番組のものがいくつかアップされていますが、今回はシングルの音源だけのものをシェアしましたのでぜひ聴いてみてくださいね。


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佐藤博「awakening(1982年)」File0012

 ”80年代ポップスがスゴかったのは?” をさらに深堀り、70年代に活躍したアーティストをピックアップしているシリーズ第2弾は、1973年に結成された「ティン・パン・アレイ」(最初の1年ほどは「キャラメル・ママ」というバンド名だったそうです。)

 

 まずは、ごめんなさい!ボク自身は昔からティン・パン・アレイを聴いていたわけではないため詳しいことはよくわかりません。ただスゴいメンバーのグループであり、その後の80年代に多大な影響を与えたことは間違いありません。

 

 メンバーは、細野晴臣さん、鈴木茂さん、松任谷正隆さん、佐藤博さん、林立夫さんです。80年代の日本の音楽に詳しい方なら誰もが知る大御所だらけです。細野晴臣さんと鈴木茂さんは、第1弾でご紹介した「はっぴいえんど」のメンバーでもあり、松任谷正隆さんは誰もが知るユーミンの旦那さん。林立夫さんも多くのレコーディングやライブに参加してきた一流ドラマーでありプロデューサーでもあります。

 

 今回はその中で、ティン・パン・アレイにあとから参加した「佐藤博」さんの、ボクが昔聴いていたアルバム「awakening」をご紹介します。リリースは1982年ですが、その頃の音楽としては最先端で、自分にはとても衝撃的であった思い出があります。いろいろ調べてみると、ちょうど1981年に「LINN DRUM」というドラムマシンが開発され、同氏もこのリンドラムを使えば自分自身でいろんな楽曲が作れるなぁ~と言うことで出来上がったのがこのアルバムらしいです。このアルバムも全曲「LINN LM-1」というリンドラムで制作されています。

 80年代の音楽は洋楽・邦楽に関わらず、この「LINN DRUM(プリンスのページで触れています)」の発明により飛躍的に進化し、1982年以降の楽曲にはかなりの比率でこのリンドラムが採用されているようです。ちなみにボクの大好きなプリンスはコレを使いまくってるという記事もありました。(アルバム「1999」あたりからはそうみたいです。)

 

 とにかく80年代っていうのはあらゆる分野でアナログからデジタルへ一気に移り変わった時代でもあるので、音楽業界も大きく変わった時代とも言えます。リンドラムが開発されてから40年経ち、80年代やら昭和やらが新たにクローズアップされてるっていうのはすごく嬉しいですね。


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チャカ・カーン「RHINO REWIND(1979~1984年)」File0010

 昨日、友人がチャカの話題を持ち出したのをきっかけに今日はズッとチャカ三昧。ということで、ボクのフェイバリットアーティストである「CHAKA KHAN」をご紹介。

 

 チャカとの出会いは1979年のソロデビューアルバム「CHAKA(恋するチャカ)」で、1992年にホイットニー・ヒューストンがカバーした「アイム・エヴリ・ウーマン」が一曲目に入っています。1984年リリースのプリンスのカバーである「I FEEL FOR YOU(フィール・フォー・ユー))」でかなりメジャーになりましたよね。

 

 個人的には3枚目のアルバム「What Cha' Gonna Do For Me(恋のハプニング)」はお気に入りです。1曲目にビートルズの「We Can Work It Out(恋を抱きしめよう)」、2曲目にタイトル曲でもあるネッド・ドヒニーの「What Cha' Gonna Do For Me」のカバー曲なども収録されています。なんと言っても好きなプロデューサーの一人である「アリフマーディン」がスゴすぎます。しかも参加ミュージシャンが、ハイラムブロック、マイケルセンベロ、エイブラハムラボリエル、ハービーハンコック、リチャードティー、デヴィッドフォスター、マイケルブレッカー、ランディブレッカー、ラリーウイリアムス、ジェリーヘイ などなど。

 MVは「RHINO」というワーナーのレコードレーベルが作ったものみたいで、チャカの代表曲のMVが10曲分視聴できます。

 チャカは、ボクの一度は見てみたいリストに入っています。あぁ~、日本に来ないかなぁ~。


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大瀧詠一「君は天然色(1981年)」File0009

 昨今「80年代ポップス」がブームとなっていますが、当面の間は80年代ポップスを支えたアーティストの80年代以前からの活躍を少しおさらいしていきたいと思います。

 

第一弾は「はっぴいえんど」

 

 バンド名がはっぴいえんどになる前の結成は1969年に遡ります。なんとそのメンバーが細野晴臣さん、大瀧詠一さん、松本隆さん、鈴木茂さんと名だたるアーティストのグループでした。グループの代表曲でもある1971年の「風をあつめて」という曲は、昨年コーヒー飲料のCMで窪田正孝さんがカバーしてるので耳にした方も多いかと思います。50年経っても歌い継がれてるってスゴいですよね。このCMの動画も一番最後にシェアしておきます。

 

 そして今日、このメンバーからピックアップさせていただくのは、大瀧詠一さんの1981年リリースアルバム「A LONG VACATION」から「君は天然色」です。作詞が松本隆さん、作曲が大瀧詠一さん。松本隆さんの歌詞も昨今はよくメディアにクローズアップされていますよね。先月は松本隆さんの活動50周年記念コンサートも開催され、はっぴいえんどのドラマーとして出演されたそうです。

 

 今回ピックアップしたMVは、A LONG VACATIONでもレコードジャケットを飾ったイラストレーターの永井博さんのイラストで構成されています。アラ環の皆さんならこのMVを見て懐かしく感じられるんじゃないかと思います。なお、大瀧詠一さんは2013年に他界されましたが、80年代にかけて太田裕美さん、西城秀樹さん、小林旭さんをはじめ、松田聖子さんの「風立ちぬ」、森進一さんの「冬のリヴィエラ」など、多くの楽曲を提供されています。

 

 70年代に「ナイアガラ・レーベル」を設立し、所属第1号アーティストは「シュガー・ベイブ」、山下達郎さん、伊藤銀次さんとで「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」、佐野元春さん、杉真理さんとで「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」をリリースするなど、その後のJ-Popの礎を築いたと言っても過言ではないと思います。


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ジョージ・ベンソン「Turn Your Love Around(1981年)」File0006

 本来はJAZZに分類されるはずのアーティストですが、80年代辺りからポップス、AOR色が強くなってきましたね。そう、「ジョージ・ベンソン」さんの登場です。

 

 ボク自身がまともにアルバムを買って聴いていたのは、1976年の「ブリージン」から1988年の「トゥワイス・ザ・ラヴ」の間ぐらいですが、それでも22年。デビューが1964年で、現在も78歳で活躍中というからスゴいです!ご紹介したい曲が多すぎて困りましたが、ボクと同世代の方ならきっと耳にしたことがあるだろうなぁ~という曲をピックアップ。

 

 この曲は1981年リリースで、当時Pオニアさんの「プロジェクトG7」というコンポ(コンポーネントステレオのことです。)のCMで、なんとご本人登場!楽曲制作はビル・チャンプリン、ジェイ・グレイドン、スティーヴ・ルカサー。参加アーティストがデヴィッド・フォスター、デヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロなどなど。なんちゅう豪華な面々でしょう。(ほぼほぼTOTOですが・・・。)まさにAORの王道的な楽曲です。

 

 と同時にこのあたりからクインシー・ジョーンズが手掛けたりと、ポップ色が強くなり、JAZZというより広く「ブラックコンテンポラリー」と言うくくりに属していたように思います。個人的には「ギヴ・ミー・ザ・ナイト(1980年)」「ユア・アイズ(1983年)」「20 / 20 (1984年)」は今でもよく聴いています。


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シーラ・マジッド(Sheila Majid)「Sinaran(1986年)」File0003

 マレーシアのSheila Majid(シーラ・マジッド)をご紹介します。歌は英語ではなくマレー語ですが、モータウン・サウンドがお好きだとのことで、ジャンルとしてはR&B系で中にはJazzyなものもあります。80年代後半~90年代前半あたりの音が満載で、キャッチーなメロディが多く聴きやすいのが特徴です。(個人的な見解ですが、ヴァネッサ・ウィリアムスが好きな方にはオススメかもしれません。)

 ちなみに1989年の第18回東京音楽祭アジア大会にも出られていて、そのころの日本のCMソングにも起用されています。今回ピックアップしたのは東京音楽祭でも熱唱した「Sinaran(シナラン)」です。(マレー語で”放射線”という意味のようです。)この曲なんかは、80年代に日本のアーティストが日本語で歌ってても違和感ない楽曲ですね。

 

 アルバムを重ねるごとに曲がゆったりとしたアダルトな雰囲気になっていってますが、最近はどうされているのか調べても2008年のアルバムを最後に情報が途切れてます。ワーナー・インドネシアの公式チャンネルで2012年にアップされたのが一番新しいのでシェアしておきます。ゆったりとしたボサノヴァです。アジアン・ボッサ、よろしければ聴いてみてください。


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松岡直也「ミ・アモーレ(1985年)」File0002

 今日はなんとなく久々に中森明菜さんを聴いていました。松田聖子さんと同様、80年代アイドルの楽曲はスゴすぎる。明菜さんの80年代の楽曲は、来生たかおさん、井上陽水さん、細野晴臣さん、大沢誉志幸さん、林哲司さん、などなど上げればキリがないほどスゴいクリエーターで固められていました。その中でも今日は、フュージョン系の松岡直也さんが楽曲提供した「ミ・アモーレ」をご紹介します。

 松岡直也さんは2014年に他界されましたが、1982年のリリースの「THE SEPTEMBER WIND 九月の風~通り過ぎた夏」と1983年リリースの「A FAREWELL TO THE SEASHORE~午後の水平線」は大学時代にガッツリ聴かせていただきました。

 

また、レコードジャケットに多く採用されたわたせせいぞうさん、永井博さんのアートジャケットは80年代を象徴する芸術作品ですね。80年代後半にレコードからCDへと移り変わってからは、こういったジャケットを楽しむっていうことが少なくなったので少し残念でしたが、昨今はまたレコードブームでいろいろなアルバムが再販されてます。個人的にはとても喜ばしいことでもあります。


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尾崎亜美「グラスのルージュ(1981年)」File0001

 尾崎亜美さんと言えばまず出てくるのが誰もが知る「オリビアを聴きながら」です。その他多くの楽曲提供などもされており、松田聖子さんへは「天使のウインク」や「ボーイの季節」があります。1976年にデビューされてから数え切れないほどのアルバムをリリースされていますが、本日は1981年リリースの名盤「Air Kiss」から大好きな「グラスのルージュ」をご紹介します。

 この曲は俗に言う「Just The Two of Us進行」で、耳に残りやすくなんか気持ちいいコード進行です。あいみょん、髭男、YOASOBIの楽曲など、ココ最近のJ-Popでもよく使われているようです。

「Just The Two of Us進行」⇒ 1980年グローヴァー・ワシントンJr.(ボーカルはビル・ウィザース)がリリースした”Just The Two of Us”のコード進行。

 

 このアルバムは、前作の「HOT BABY(1981年)」に続き、ボクが大好きなデヴィッド・フォスターが参加ということもあってかなりレベルの高いアルバムです。この2枚は、紙ジャケットのCDなので、あらためて買っちゃいました。我々の世代はやっぱり紙ジャケットが恋しいんですね。

 

 亜美さんのコンサート(もちろん80年代前半です)へは2回ほど足を運びました。もう40年も経つんですね。今も全く褪せないサウンドにはビックリです。80年代ポップスは永遠に不滅だと思います。


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