シャラマー(SHALAMAR)「A Night to Remember(1982年)」File0045

 70~80年代に活躍したソウル・ダンス・ディスコミュージックのグループはよく聴いていて、今日は誰をピックアップしようかと悩みましたが、この「シャラマー(SHALAMAR)」にしました。絶頂期は、ジョディ・ワトリー、ジェフリー・ダニエル、ハワード・ヒューイットの3人で、ボーカルダンスグループとしていくつものヒットを世に送り出しました。メンバー各自も、ソロアルバムをリリースするなど、80年代は大活躍でしたね。

 

 まずはシャラマーの代表曲である「ナイト・ツゥ・リメンバー」をライブVer.でシェアします。おそらくココ10年以内のもののようで、ジョディ・ワトリーではなく、再結成後のキャロリン・グリフィーのバージョンとなります。

 昔からのファンには、やっぱりシャラマーはジョディ・ワトリーでないとね、という方が多い(ボクもそのひとりですが・・・)ために、1982年のライブ映像もあるのでこちらもシェアします。当時のヒット曲3曲をつづけてどうぞ。

 

0:04~ There It Is

5:01~ A Night To Remember

9:41~ Friends

 ちなみにシャラマーの曲は、「フットルース」や「ビバリーヒルズ・コップ」など、80年代のサントラにも収録されヒットしました。そのへんは、またサントラのご紹介のときにシェアしますね。


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サディスティック・ミカ・バンド「タイムマシンにおねがい(1974年)」File0037

 ”80年代ポップスがスゴかったのは?” をさらに深堀り、70年代に活躍したアーティストをピックアップしているシリーズ第4弾は、1972年デビューの「サディスティック・ミカ・バンド」です。こちらのメンバーも、その後のミュージックシーンに欠かせない豪華な方ばかりでした。

 

 結成から解散までの1971~75年の間だけでもかなりのメンバーが入れ替わっています。加藤和彦さん、加藤ミカさん、高橋幸宏さん、小原礼さん、高中正義さん、今井裕さんなど、その他つのだひろさんや後藤次利さんも一時期はメンバーとして在籍。解散後はボーカルを入れ替えての再結成が2回あり、1回目は1989年に桐島かれんさんを、2006年の2回目の再々結成は木村カエラさんでした。

 そんなサディスティック・ミカ・バンドを初めて聴いたのは、1974年リリースの2ndアルバム「黒船」でした。このアルバムは、英米でも発売されていたそうで、ロンドンで評判になり、逆輸入の形で日本でも評価されました。そのアルバムの中の「タイムマシンにおねがい」をシェアしますが、この曲は多くの方が耳にしたことがあるのではないかと思います。

 この曲が一番メジャーだと思いますが、ぜひとも他の曲、アルバムも聴いていただきたいと思います。サディスティック・ミカ・バンドは、ロックベースですが、ファンク色の強いものがあったり、ジャズ・フュージョンっぽいものがあったり、おアソビ的な要素も要所要所にあったりして、いい意味で古き良きものも詰まってて、さらには楽曲のクオリティも高いジャンルにとらわれない音楽集団だと思います。聴く側によっていろいろなふうに感じられるような楽曲が多いような気がしますし、まるで絵画を音楽で表現したアート作品のようにボクは感じられますが、皆さんはどう思いますか?


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サタデー・ナイト・フィーバー(Saturday Night Fever)「オリジナル・サウンドトラック/OST(1977年)」File0036

 今日は「オリジナル・サウンドトラック(以下、サントラ)」について取り上げてみます。元々映画を見ない(映画を見るおカネがあればレコードがほしい)タイプだったので、映画ファンの方にはお叱りを受けるようなことになりそうですが、あくまで個人的な見解ですのでご容赦くださいませ。

 

 「サントラ」とは、映画やドラマでいうと一般的には「劇伴音楽や付随音楽を収録したアルバム」ということになり、つまり「その作品内でかかっていた音楽」っていうことになります。ボクが子供の頃は、「主題曲とエンディング曲がメインの音楽、その他は ”映画のBGMに使われているインスト音楽”」といったイメージがありました。

 「ウエスト・サイド物語(1961年)」や「サウンド・オブ・ミュージック(1965年)」など、音楽を主体にした映画はありますが、いずれもミュージカルを映画化したものでした。

 

 その後、音楽と映画を融合させ作られた青春ストーリーの映画が1977年の「サタデーナイトフィーバー」でした。今日のディスコサウンド、ダンスミュージックの発展へのきっかけとなったと言っても過言ではないと思います。当時は、ジョン・トラボルタがカッコよすぎて、みんな人差し指を突き上げる決めポーズをモノマネ。ディスコのみならず、ファッションや「フィーバー」という言葉もブームとなり、一つの文化を築くほどの影響力がありました。

 そのサントラ「サタデーナイトフィーバー」ですが、1971年公開の映画「小さな恋のメロディ」の主題曲「メロディ・フェア」を担当したビージーズがメインとなり制作されました。アルバムの中からは7曲がビルボードHOT100で1位を獲得(ビージーズは5曲)し、アルバムも当時過去最高の記録を打ち出し、1984年まで世界で最も売れたアルバムになりました。(残念ながらビージーズの活動は2012年で終わりました。)

 

 今日はそのビージーズのヒット曲から4曲をピックアップ。今回は公式チャンネルからではないですが、70年代当時のアメリカの街やファッションが見られる映画シーンのMVをシェアしました。

 

 

 そして翌年の1978年もジョン・トラボルタ、オリビア・ニュートン・ジョンのW主演ミュージカル映画「グリース」が公開され、サントラもアルバムチャート1位を獲得するヒットとなりました。こちらも映画のシーンのMVをシェアしたのでご覧ください。

 

 いかがでしたでしょうか?

 

 今日のサントラ話はまだイントロダクション。これらの映画から数年後の80年代に入り、サントラの勢いが増してきたのは間違いありません。また追ってこの続きをご紹介していきたいと思いますのでお楽しみに~^^/


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金海心(ジン・ハイシン)「悲伤的秋千(2003年)」File0017

 昨日は、中国ビジネスに関わっているメンバーの会合に参加してきました。久々に中国の懐かしい話をしたりと、そこで少し音楽について当時を振り返って見たいと思います。

 

 ボクは2003年3月から2016年7月までズッと中国で生活していました。最初に移り住んだのは広東省の深センというところで、当時は今のイメージとは異なるものでした。まだ中国が「世界の工場」と呼ばれていた頃で、販売目的で上陸したボクは市内の保税区に事務所を構えたため、ほとんど日本人と接触することがない状態でした。また、テレビも日本の番組は映らず、中国語が全くわからないボクにとって唯一のお楽しみは ”中国版MTV” でした。

 

 朝起きるとまずテレビのスイッチを入れMTVチャンネル。たしかランキング番組形式だったと思いますが、いつも流れていたのがこの金海心(ジン・ハイシン)の「悲伤的秋千(ベイシャンダチュウチェン)」でした。日本でC-Popなど聴いたことがなく、民族音楽的なイメージがあったため、当時は「こんなポップな歌があるんやぁ~」と感激したものです。

 

  そこから街のCDショップ(もちろん海賊版ばかりで、正規版を探すほうが難しい時代でした)で金海心のアルバムを買って聴いていました。なかなかいいアルバムで、ココからボクのC-Pop熱が上昇し始めたのでした。

 

 C-Popにもいいものがいっぱいあるので、また順次ご紹介していきたいと思います。


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佐藤博「awakening(1982年)」File0012

 ”80年代ポップスがスゴかったのは?” をさらに深堀り、70年代に活躍したアーティストをピックアップしているシリーズ第2弾は、1973年に結成された「ティン・パン・アレイ」(最初の1年ほどは「キャラメル・ママ」というバンド名だったそうです。)

 

 まずは、ごめんなさい!ボク自身は昔からティン・パン・アレイを聴いていたわけではないため詳しいことはよくわかりません。ただスゴいメンバーのグループであり、その後の80年代に多大な影響を与えたことは間違いありません。

 

 メンバーは、細野晴臣さん、鈴木茂さん、松任谷正隆さん、佐藤博さん、林立夫さんです。80年代の日本の音楽に詳しい方なら誰もが知る大御所だらけです。細野晴臣さんと鈴木茂さんは、第1弾でご紹介した「はっぴいえんど」のメンバーでもあり、松任谷正隆さんは誰もが知るユーミンの旦那さん。林立夫さんも多くのレコーディングやライブに参加してきた一流ドラマーでありプロデューサーでもあります。

 

 今回はその中で、ティン・パン・アレイにあとから参加した「佐藤博」さんの、ボクが昔聴いていたアルバム「awakening」をご紹介します。リリースは1982年ですが、その頃の音楽としては最先端で、自分にはとても衝撃的であった思い出があります。いろいろ調べてみると、ちょうど1981年に「LINN DRUM」というドラムマシンが開発され、同氏もこのリンドラムを使えば自分自身でいろんな楽曲が作れるなぁ~と言うことで出来上がったのがこのアルバムらしいです。このアルバムも全曲「LINN LM-1」というリンドラムで制作されています。

 80年代の音楽は洋楽・邦楽に関わらず、この「LINN DRUM(プリンスのページで触れています)」の発明により飛躍的に進化し、1982年以降の楽曲にはかなりの比率でこのリンドラムが採用されているようです。ちなみにボクの大好きなプリンスはコレを使いまくってるという記事もありました。(アルバム「1999」あたりからはそうみたいです。)

 

 とにかく80年代っていうのはあらゆる分野でアナログからデジタルへ一気に移り変わった時代でもあるので、音楽業界も大きく変わった時代とも言えます。リンドラムが開発されてから40年経ち、80年代やら昭和やらが新たにクローズアップされてるっていうのはすごく嬉しいですね。


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シング・ライク・トーキング「Rise(1992年)」File0011

 今日は念願のビルボードライブ東京へ行ってきました。ボクのお気に入りのシング・ライク・トーキングのフロントマンでもある佐藤竹善さんのライブでした。今回はクリスマスツアーということで、4人構成でジャジーな感じでマッタリと過ごせました。

👉サポートメンバー:宮本貴奈さん(P)、江藤良人さん(Dr)、川村竜さん(B)

 

 今日は生で聴いて、竹善さんの歌唱力を改めて実感。サポートメンバーの皆さんのライブパフォーマンスのレベルもかなり高いうえに、ブレスが聞こえるほどクリアな音響のレベルもピカイチ。おなじみのカバー曲も数曲織り交ぜて(まだツアーが終わってないので曲名は出さないようにします。)ボク的には大満足でした。

 

 なお、演奏中は撮影などが禁止されているのでココにはアップできませんので、シング・ライク・トーキングの1992年リリースの「Rise」をご紹介します。ちなみにWikipediaによると、佐藤竹善さんと中村正人さん(ドリカム)がなんかの対談で、お互いこの曲をオマージュして作ろうと言うことで誕生したのが「Rise(SLT)」と「決戦は金曜日(ドリカム)」なんだそうです。しかも「決戦は金曜日」はアレンジにEW&Fの「Let's Groove」を取り入れた、と言うことです。

 シェアした「Rise」は、昨年2020年の中野サンプラザからの無観客ライブのようです。カッコいいですよ~。


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ジョージ・ベンソン「Turn Your Love Around(1981年)」File0006

 本来はJAZZに分類されるはずのアーティストですが、80年代辺りからポップス、AOR色が強くなってきましたね。そう、「ジョージ・ベンソン」さんの登場です。

 

 ボク自身がまともにアルバムを買って聴いていたのは、1976年の「ブリージン」から1988年の「トゥワイス・ザ・ラヴ」の間ぐらいですが、それでも22年。デビューが1964年で、現在も78歳で活躍中というからスゴいです!ご紹介したい曲が多すぎて困りましたが、ボクと同世代の方ならきっと耳にしたことがあるだろうなぁ~という曲をピックアップ。

 

 この曲は1981年リリースで、当時Pオニアさんの「プロジェクトG7」というコンポ(コンポーネントステレオのことです。)のCMで、なんとご本人登場!楽曲制作はビル・チャンプリン、ジェイ・グレイドン、スティーヴ・ルカサー。参加アーティストがデヴィッド・フォスター、デヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロなどなど。なんちゅう豪華な面々でしょう。(ほぼほぼTOTOですが・・・。)まさにAORの王道的な楽曲です。

 

 と同時にこのあたりからクインシー・ジョーンズが手掛けたりと、ポップ色が強くなり、JAZZというより広く「ブラックコンテンポラリー」と言うくくりに属していたように思います。個人的には「ギヴ・ミー・ザ・ナイト(1980年)」「ユア・アイズ(1983年)」「20 / 20 (1984年)」は今でもよく聴いています。


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指田フミヤ「花は咲く(2014年)」File0004

 2010年のワーナーのコンテストでグランプリを受賞し、先月でメジャーデビューから10年を迎えられた「指田フミヤ」さん。

 

 R&BやAOR的な要素を取り入れたようなキャッチーなメロディの楽曲が多いです。テレビドラマなどのタイアップ曲もいくつかあり、3rdシングルの「花は咲く」は羽生結弦選手のエキシビション曲にも採用されています。山下達郎さんをはじめ、多くのアーティストの影響を大きく受けたようで、今後に期待したいと思います。

 

 1stアルバム「しろくろ」のダイジェストがあったのでそれをシェアしておきますので聴いてみてください。

 

❏ 公式ウエブサイト:https://www.sashidafumiya.com/


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シーラ・マジッド(Sheila Majid)「Sinaran(1986年)」File0003

 マレーシアのSheila Majid(シーラ・マジッド)をご紹介します。歌は英語ではなくマレー語ですが、モータウン・サウンドがお好きだとのことで、ジャンルとしてはR&B系で中にはJazzyなものもあります。80年代後半~90年代前半あたりの音が満載で、キャッチーなメロディが多く聴きやすいのが特徴です。(個人的な見解ですが、ヴァネッサ・ウィリアムスが好きな方にはオススメかもしれません。)

 ちなみに1989年の第18回東京音楽祭アジア大会にも出られていて、そのころの日本のCMソングにも起用されています。今回ピックアップしたのは東京音楽祭でも熱唱した「Sinaran(シナラン)」です。(マレー語で”放射線”という意味のようです。)この曲なんかは、80年代に日本のアーティストが日本語で歌ってても違和感ない楽曲ですね。

 

 アルバムを重ねるごとに曲がゆったりとしたアダルトな雰囲気になっていってますが、最近はどうされているのか調べても2008年のアルバムを最後に情報が途切れてます。ワーナー・インドネシアの公式チャンネルで2012年にアップされたのが一番新しいのでシェアしておきます。ゆったりとしたボサノヴァです。アジアン・ボッサ、よろしければ聴いてみてください。


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